羽生結弦の父親は校長なの?実家は泉区で金持ちではないが金メダリストになれた理由とは?

オリンピックの2連覇を成し遂げた羽生結弦選手。羽生結弦選手の代名詞ともなった「SEIMEI」は、心配されていた怪我からの復帰をよそに、更に完璧な仕上がりで演じ切りました。

「結弦」という名前が、この演目の「SEIMEI」に重なる不思議な感覚がしたのは、私だけではないはずです。

名前の由来は、「弓の弦を結ぶように凛とした生き方をして欲しい」との願いを込めて、父親が名付けたそうです。
父親の想いに応えるかのように歩んでいる羽生結弦選手ですが、父親の職業は校長先生というウワサなのですが、本当でしょうか?

また実家が仙台市泉区泉区というウワサもあります。

そして気になるのは
「アイススケートってお金かかるんでしょう。」
「やっぱり羽生結弦の実家って金持ちなんだろうな」
という点。

本当のところはどうなのでしょうか?

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羽生結弦選手のプロフィール

羽生結弦選手の基本的なことぐらいは最初におさえておきましょう。ご存じの方はサラッと読み流しておいてくださいね。

名前:羽生結弦(はにゅう ゆづる)
所属:ANA(全日空)
生年月日:1994年12月7日(現在23歳)
出身地:宮城県仙台市泉区
身長:172cm
血液型:B型
学歴:東北高校⇒早稲田大学人間科学部在学中。
オリンピック:ソチオリンピック金メダル、平昌オリンピック金メダル

いまでこそ、結弦をゆづると読めますが、最初は「なんて読むの?」って思いませんでしたか?
今読めない方は非国民かもしれませんね。

さてその「弓の弦を結ぶように凛とした生き方をして欲しい」との願いを込めて、結弦と名付けた羽生結弦選手の父親ですが、その父親の職業は本当に校長先生なのでしょうか?

羽生結弦選手の父親は校長なの?

立派なメダリスト羽生結弦選手を育てた父親は、羽生秀利さん

2014年3月まで宮城県石巻市立湊中学校の教頭先生をしていました。羽生結弦選手はこの年、中学校をサプライズ訪問し、アイスショーを行っています。

2014年4月からは宮城県宮城郡利府町立しらかし台中学校の教頭として転任。この中学校出身者には、2006年トリノオリンピックの金メダリスト荒川静香さんがいます。

そして2016年4月より現在まで宮城県多賀城市の塩釜市立第三中学校の校長先生として勤務されています。(余談ですがこの中学校の所在地は多賀城市なのですが、運営が塩釜市という珍しい学校だそうです)

教員時代は技術家庭科を担当し、野球部の顧問をしていました。

その為羽生結弦選手も野球が得意で、野球の道との選択に迷った時期もあったそうですね。

野球の道に進んでいてもすごいプレイヤーになったかもしれませんね。ちなみに仙台で生まれ育っている羽生結弦選手は、意外なことに楽天イーグルスでなく、広島カープのファンだそうですよ。

羽生結弦選手の父親が校長先生なの?
というウワサは本当であり、やはり立派な教育者でした。

そしてもう1つのウワサとして、羽生結弦選手の実家は仙台市泉区なのか?
というもの。

果たして、、、

羽生結弦選手の実家は泉区なの?

羽生結弦選手の実家を調査する上では欠かせないのが、出身小学校です。

羽生結弦選手の出身小学校は仙台市立七北田小学校です。

この仙台市立七北田小学校がどこにあるかというと、、、

宮城県仙台市泉区七北田東裏90


中学校も仙台市立七北田中学校を卒業されていますので、羽生結弦選手の実家は仙台市泉区で間違いないようです。

しかし、自宅マンションは2011年の東日本大震災で被害を受けてしまいます。
風呂の壁にヒビが入り、半壊状態。自宅マンションは全壊判定を受けました。
電気・ガス、水道を使うことができず、家族で4日間避難所生活を余儀なくされました。

震災が発生した当時は、羽生結弦選手は東北高校に通う16歳。

震災後、家賃5万円の県営住宅に引っ越したと言われています。

練習場だったアイスリンク仙台も使用できず、青森県八戸市のリンクや神奈川県横浜市のリンクで練習したこともあります。

この当時の苦労を忘れないからこそ、平昌オリンピックでの記者会見では
「被災地である仙台に元気を与えたい」
という発言が出たのでしょうね。

さて、羽生結弦選手の実家は本当に金持ちなのでしょうか?

羽生結弦選手の実家は金持ちなの?

父親は先述した通り、公務員ですので、一般の家庭と同じくらいの経済状況だと想像できます。

フィギュアスケート選手として育てていくためには、海外遠征・衣装・レッスンにかかる費用を考えると莫大な負担になります。
小さい頃で年間300万円、大きくなれば年間1000万円ぐらいとも言われています。

母親の羽生由美さんも専業主婦でしたが、羽生結弦選手が9歳の頃からダイエーの紳士服売り場でパート勤務とクリーニング店を掛け持ちし、衣装は手作りをするなど大変な苦労があったようです。

こうしてみると決して羽生結弦選手の実家は金持ちではなかったといえます。

それでも羽生結弦選手が金メダリストになれた理由というのはなんなのでしょうか?

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羽生結弦選手の実家が金持ちではないが金メダリストになれた理由とは?

それは家族の支えがあったから、の一言に尽きるでしょう。

子供の可能性を潰したくない、という親の想いが強かったのでしょうね。
またそこまで親や周りの方々の心を揺さぶった羽生結弦選手のアイススケートに対する強い想いが根底にあったことが予想できます。

たとえば、

羽生結弦選手の姉だったり、、、

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羽生結弦選手の母親だったり、、、

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羽生結弦選手の才能は小さい頃から認められていましたが、さらに才能を開花させたのは、キム・ヨナを2010年バンクーバーオリンピックで金メダルへ導いた名コーチであるブライアン・オーサーの指導を受けたからと言われています。

そのブライアン・オーサーはどこにいたかというと、、、

カナダのトロント!!!

羽生結弦選手が高校3年生の2011年、ブライアン・オーサーの元へカナダのトロントへ渡ります。
そのブライアン・オーサーのコーチを懇願したのも母親といわれています。母親は、元々食が細く食事管理が難しい羽生結弦選手とカナダへ一緒に渡り、体調を気遣いながら生活を共にしていたのです。

羽生結弦選手の実家は決してお金持ちではなかったと思いますが、それでも金メダリストになれたのは家族の支えがあったからなんですね。

お金がなくて、子供の夢を続けさせることができない親がいるなかで、心から羽生結弦選手のご両親、ご家族を私は尊敬します。
そして、「ありがとうございました」とお伝えしたいです。

なぜなら、ご両親や家族が諦めてしまっていたら、このような素晴らしい演技を私たちは平昌オリンピックで観ることができなかったでしょうからね。

これは演技が終わった後の満面のスマイルの羽生結弦選手です。割れんばかりの歓声で、イヤフォンで聴いていた私の耳がツーンと痛くなりましたね。

そういえば、羽生結弦選手の平昌オリンピックでのフル動画をノーカット版でご覧になりたい方はコチラからご覧ください。

ジャンプも高いですよね。スローモーションで何度も観られるのがいいですね。

画像出典:U-NEXT


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もちろん羽生結弦選手が人の10倍も100倍も練習し、才能を開花させたとは思いますが、いくら続けたくても続けられない人はゴマンといます。

家族の支えや素晴らしいコーチ陣・先輩など、周りの人々の気持ちに確実に答えを出し歩んできた結果が、オリンピック史上66年ぶりとなる2連覇達成の快挙となったということでしょう。

そしてこれからどのような「結弦」を演じてくれるのかとても楽しみです。


最後まで読んで頂きまして有難うございました。

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