赤松真人 ステージと余命は?嫁は元歌手?!胃がんに倖田來未もショック

プロ野球広島東洋カープの赤松真人選手が胃がんであることを発表しました。


赤松真人選手のステージと余命が気になります。


嫁の寛子さんもショックを受けたかと思いますが、
倖田來未さんも同様にショックを受けたことでしょう。


赤松真人選手と倖田來未さんの関係とともに
実は嫁の寛子さんは元歌手だったという意外な事実までお届けいたします。

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赤松真人選手の胃がんのステージと余命は?

今月15日に受診した医療機関で胃がんであることが発覚した広島東洋カープの赤松真人選手。

来年1月上旬に広島市内の病院で手術を受ける予定とのこと。

どのような手術かというと、

「難しいものではないみたい。次の日から歩くリハビリもすると言われている」

と言っていました。

ただ「良くても半分とる。普通で2/3。最悪は全摘出です」とも語っていました。

初期段階で、生死の問題ではないと医者からは言われているそうです。

で、現在のステージと余命ですが、発表はありませんでした。

胃がんのステージは、1期から4期まであり、

1A期、1B期、2A期、2B期、3A期、3B期、3C期と4期に分かれます。


ステージ1から3期までは胃がんの浸潤の程度とリンパ節転移の程度で決まるようです。

初期段階ということで、おそらくステージは1でしょう。

あとは、胃がんが粘膜にとどまっているか、リンパ節転移が2個までされているかで、1Aか1Bが決まるようです。

ただ、ステージ1の段階の10年生存率は95.1%と言われています。

参考:新横浜かとうクリニック 院長 加藤 洋一
(聖マリアンナ医科大学放射線科非常勤講師)

http://katoclinic.info/


ホームベースまで駆け抜ける元気な赤松真人選手が
復帰後必ず見られることでしょう。


赤松真人選手が胃がんであったことで一番ショックを受けているのは嫁の寛子さんではないでしょうか。

赤松真人選手の嫁の寛子さんは実は歌手だったんですね。


ご存知でしたか?

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赤松真人選手の嫁の寛子さんは元歌手!

その前に、ご存じない方のために、赤松真人選手について簡単にお伝えしておきます。


赤松真人選手、京都府京都市伏見区出身の1982年9月6日生まれ。

現在は、34歳です。

平安高校から立命館大学を経て、2004年のドラフト6位指名で阪神タイガースに入団しました。

2007年オフに広島から阪神へFA移籍した新井貴浩選手の人的補償で広島東洋カープに移籍。


今シーズンのリーグ優勝にも大きく貢献し、まだ現役として活躍されることが期待されています。

そんな赤松真人選手は立命館大時代に知り合った寛子さんと、2007年12月と結婚しました。

寛子さんの旧姓は斉藤。

過去の赤松真人選手の結婚発表のサンスポの記事には
なぜか斉藤寛子さんの父親の名前まで掲載されていました。

さて、この斉藤寛子さんですが、元ミス茨木にも選ばれていたようです。

どうりでおきれいな方だなと思っていたのですが、、、

akamatsumasato-yome

で、嫁の斉藤寛子さんですが、大阪で歌唱指導者をされていたようです。

2006年には“揺葉-YURIHA-”の名義でデビュー・シングル「ゆずり葉」出していました。


プロデューサーに松田純一を迎え、サンテレビで2006年に放映されたドラマ『恋するユーレイ』の主題歌にもなったようです。

http://www.cdjournal.com


美人で歌も上手な嫁をもって赤松真人選手は幸せですね。


嫁のためにも、絶対にグランドに戻ってこなきゃダメです!


そして、子供のためにも。

家族も赤松真人選手の胃がんにショックだったかと思いますが、
この方もショックを受けたことでしょう。

もしかして、嫁の寛子さんを知らない赤松真人選手の秘密をこの方は知っているかも。。。

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赤松真人選手と倖田來未さんとの関係とは?

すでにご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、
赤松真人選手と歌手の倖田來未さんは
藤森中学校時代に同じ野球部に所属していたそうです。

「倖田來未って野球していたの?!」
と驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。


私は知りませんでした。

赤松真人選手がショート(2塁と3塁の間を守る人)

倖田來未さんがセカンド(2塁近くを守る人)
だったようです。


母校の安江毅監督は、

「倖田はセカンド、赤松はショートで固定していました。2人は非常に仲が良かった。どっちも目立ちたがり屋でね。いつも、一緒に練習していました。倖田は本当はピッチャーがやりたかったみたいだけど、女の子やしね。でも、実際に試合にも使っていました」

と語っています。


赤松真人選手と倖田來未さんの結婚式には、
ビデオレターで

「どっちが先に有名になるか競い合っていたのが、思い出ですね。先に結婚という幸せをつかんだのは赤松ちゃん。これからもお互い頑張りましょう」

で祝福されました。


「赤松ちゃん」なんていったら、嫁の寛子さんが嫉妬しないか心配です。

余計無い心配でしたね。

立命館大学の産業社会学部産業社会学科では同じく人気歌手の倉木麻衣とクラスメートになったようですね。

歌姫とは縁があるようですが、

赤松真人選手にとっての最高の歌姫は、嫁の寛子さんですけどね。


今は分かりませんが、かつては夫婦で週に1度はカラオケに行っていたそうです。

「ボクの十八番は尾崎豊の『永遠の胸』。デュエットもよくします。2人で歌うのは、ベニーKの『ロスト・パラダイス』ですね。」(本人談)

だそうです。

出典:赤松真人(広島・外野手)livedoor スポーツ (2008年5月23日掲載)


元気になって、またベニーKの『ロスト・パラダイス』をお二人で歌ってほしいですね。

手術内容により、その後のリハビリ期間などが決まるそうですが、必ず復帰してくれることでしょう。

韋駄天、赤松真人選手が復帰されることを願っています。

最後まで読んで頂きまして有難うございました。

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