岡田有希子 3つの真相に新事実!?峰岸徹と神田正輝と舘ひろしとの関係は?

岡田有希子さんが亡くなってもう30年が経つんですね。

「岡田有希子って誰?」と知らない方もなかにはいらっしゃるかもしれませんが、1980年代のアイドル歌手です。

ポスト松田聖子とも言われ、期待されましたが、ビルから投身自殺を図り、亡くなってしまいました。

その真相は、3つあると言われていますが、ここに来て、新事実が発覚したそうです。

いまだに闇に隠れている岡田有希子さんの真相に迫ってみます。

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岡田有希子さんとは?


岡田有希子さんをご存知の方は
「あーこういう人だったな」
と、
ご存知でない方は
「あーこういう人なんだな」
と思っていただけるようプロフィールからご紹介します。

名前 岡田有希子(おかだゆきこ)
本名 佐藤佳代(さとう かよ)
愛称ユッコ
生年月日 1967年8月22日
身長155cm
体重44kg、
B86cm(公称84cm)・W58cm・H84cm
血液型O型
出身地 愛知県一宮市
出身高校 名古屋市立向陽高等学校から堀越高等学校へ編入
当時所属事務所 サンミュージック

1983年3月30日、『スター誕生!』の第46回決戦大会で中森明菜さんの『スローモーション』を歌い、チャンピオンとなりました。

その後、サンミュージックにスカウトされ、8月25日に上京。

サンミュージックプロダクション社長の故相澤秀禎さん宅(東京都世田谷区成城)に、下宿しました。

1984年に歌手デビューを果たしました。

ちなみに、デビュー曲のファースト・デイトは竹内まりやさん作詞作曲のようです。

その年の『日本レコード大賞』最優秀新人賞』を
吉川晃司さん、菊池桃子さん、荻野目洋子さん、長山洋子さん、神野美伽さん、一世風靡セピアさんら、今考えるとそうそうたる方々を抑え、見事に獲得しました。

当時の人気ぶりが少しはお分かりになるでしょうか。

翌年にはドラマ初出演を果たし、そしてシングル『くちびるNetwork』が、オリコンチャートで初登場1位となるなど、順風満帆のように見えました。

1986年3月3日に堀越高校を卒業。

4月4日には相澤宅を出て、港区南青山のマンションで一人暮らしを始め、
4月5日、全国コンサート「Heart Jack」全5公演がスタート。

しかしコンサートがスタートして3日後の4月8日、自宅マンションでリストカットを行いガス自殺未遂を図ります。

一命は取りとめたものの、所属事務所のサンミュージックが入居しているビル(東京都新宿区四谷)の屋上から飛び降りてしまい、全身強打で亡くなってしまいました。

享年18歳という若さで。

岡田有希子さんの事件は、当時相当波紋が広がり、
飛び降りた直後の画像などが流れ、かなり話題となりました。

その岡田有希子さんの事件には真相が3つあると言われています。

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岡田有希子さんの3つの真相とは?

岡田有希子さんの真相①

故峰岸徹さんと結ばれることができなかった

当時、取材した週刊誌記者によると、
失恋の痛みが詩のような文面で綴ってあり、このなかにしかも、文面には俳優の峰岸徹(当時42歳)の名前が書かれていたとのこと。

峰岸徹さんには当時婚約者がいて、

「正直、ものすごくショックです。僕は兄貴のつもりでいたんですが、彼女はそれ以上のプラスアルファがあったのかもしれない。それが愛だったら、責任を感じます」


とコメントを残しています。

さらに、サンミュージック社長の相澤秀禎さんはこのように言っています。

有希子は峰岸さんに恋焦がれて、プラトニックな愛を持ち続けて、自殺したんです

しかし、峰岸徹さんはすでに他界されていますので、真相はわかっていません。

岡田有希子さんの真相②

本当は峰岸徹さんではなく、神田正輝さんと交際していたが、松田聖子さんと結婚することになり、別れさせられた

岡田有希子さんは実は神田正輝と交際していたという説もあります。

さらに、妊娠までしていましたが、石原プロにより別れさせられ、そのために峰岸徹さんが当て馬にされたというウワサもあったようです。

神田正輝さんは、その後松田聖子さんと結婚、妊娠発表直後に岡田有希子さんは自ら命を絶ちましたので、
そういうウワサが流れたのでしょう。



神田正輝さんではなく、舘ひろしさんという説もあるようで、何が真相化はいまだに闇の中のようです。




岡田有希子さんは実は、自ら命を絶ったわけではなく、
芸能界の闇を知ってしまったために、消されたという説もあるようです。

芸能界ってやっぱり怖いところですよね。

岡田有希子 真相③


サンミュージックを背負わなければならないプレッシャーと将来を憂いていたためのストレスによるもの

「くちびるNetwork」などの大ヒットで人気は絶頂だった岡田有希子さんですが、
酒井法子ら続々と後輩がデビューし、将来の路線について悩んでいたそうです。

関係者は

「岡田さんは学生時代、芸能界デビューを両親に説得するためにトップの成績を取ったほどの努力家。生真面目な性格なので、必要以上に悩んだことは想像に難くない。」


出典:http://news.livedoor.com


と証言しています。

また、相澤会長は

「自殺する3日前に、僕の家に有希子が食事に来た。なんとなく元気がないから、”おまえがこれからうちの会社を背負っていくんだから、がんばらなきゃだめだよ”というと、”私なんかもう、だめだから””あとにいい子(=酒井法子のこと)がいるじゃない”という暗い話をしだしたんです」


出典:
http://www.excite.co.jp


と語ったことがあります。

岡田有希子さんにまつわるネットで出回る真相は以上の3つですが、
亡くなって30年経ち、新事実が発覚したようです。

サンミュージックの事務所から岡田有希子さんの資料が何者かによって
持ちさられたというのです。

しかも外国人の手によって、、、というウワサです。

その「消えた資料」の全貌が明らかになる日が来るのでしょうか?

亡くなって30年経つのに、命日の4月8日には、現場にいまだに献花されるかたが
絶えないそうです。

岡田有希子さんは、まさしく伝説のアイドル歌手といえるでしょう。

天国でいまのアイドル界を見守っている、岡田有希子さんのためにも、
真相を明らかにしてもらいたいものです。

最後まで読んで頂きまして有難うございました。

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